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2012年07月02日

初の学校は高江洲小

 米軍占領下


 1945年4月6日設立 通説を覆す


 沖縄戦で収容地区となった旧具志川村(現うるま市)高江洲で、米軍政府指令により高江洲小学校が1945年4月6日に設立されていたことが28日までに、分かった。沖縄戦当時の収容所を調査している名護市教育委員会文化課史編さん係の川満彰嘱託員が新たに検証した資料などで明らかになった。これまでは石川学園(現・城間小、1945年5月7日設立)が、米軍占領下で初の小学校ととされていたが、新たな資料の検証より、高江洲小が米軍占領下初とみられる。

名護市教委の川満氏確認


 米軍が沖縄本島上陸から1週間足らずで、収容所に学校を設立するなど、占領政策を計画的に進めていたことがあらためて浮き彫りになった。
 新たに検証された資料は同校に保管されていた「学校沿革史」。川満嘱託員が2009年ごろ、巻頭3行目から「1945・4・6
 米軍政府指令により高江洲初等学校を仲喜州国民学校跡に設立する 初代校長、浦崎康華氏 職員六四人」との記載を発見した。
 高江洲小設立時の校長だった浦崎氏は、著書の中で、同小について「(1945年4月14日には約千人の児童を集めて開校式を行った」と記しており、同年5月7日設立の城間小より早い段階での設立が指摘されていたが「設立日」を示す資料が検証されていなった。
 当時高江洲小では残った校舎が使用され、県立第一高等女学校などの学生が”臨時”教員をして集められた。宜野湾村(当時)から同年4月下旬ごろに高江洲に収容された男性も「子どもたちが学校に通っていた」と証言している。
 保管されていた「学校沿革史」は1927年~72年が同じ筆致で書かれていた。川満嘱託員は「沿革史」の巻末に「学校沿革誌」と書かれた別の表紙だけがつづられていることから、72年当時の校長が紙の劣化などで「書き写しただろう」としている。




※ 6/29(金)琉球新報の記事を抜粋しています。



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Posted by うるま不動産スタッフ at 09:36│Comments(0)
 
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